論文の残滓

特許実務に関するあれこれ。

ゲノム編集特許、ついに日本でも成立(予定)

7月31日付でBroad研究所らのCRISPR-Cas9システムに関する特許出願(特願2016-025710)に対して、特許査定が送達された。

8月18日現在、設定登録料は納付されていないが、おそらく9月頃には特許権の設定登録が行われるであろう。

特許査定時(出願当初と同じ)の請求項1は以下のとおり。

 

【請求項1】

 クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって、

I. CRISPR-Cas系キメラRNA(chiRNA)ポリヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって、

 前記ポリヌクレオチド配列が、

(a)真核細胞中の標的配列にハイブリダイズする、10~30ヌクレオチドの長さを有するガイド配列、

(b)トランス活性化CRISPR RNA(tracr)メイト配列、及び

(c)tracrRNA配列

を含み、

 (a)、(b)及び(c)が、5’から3’配向で配置されており、

 前記tracrRNA配列が、50以上のヌクレオチドの長さを有する、

第1の調節エレメントと、

II. 真核細胞の核中の検出可能な量のII型Cas9タンパク質の蓄積をドライブするために十分な強度の、1つ以上の核局在化配列を含む前記Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントとを含む1つ以上のベクターを含み;

 成分I及びIIは、前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し;

 前記ヌクレオチド配列が転写されると:

  前記chiRNAは、前記II型Cas9タンパク質へと集合し、前記II型Cas9タンパク質と複合体を形成し、

  前記tracrメイト配列は、前記tracrRNA配列にハイブリダイズし、

  前記ガイド配列は、前記真核細胞中の前記標的配列への配列特異的結合を指向し、

  それによって、(1)前記真核細胞中の前記標的配列にハイブリダイズされる前記ガイド配列、及び(2)前記tracrRNA配列にハイブリダイズされる前記tracrメイト配列と複合体形成している前記II型Cas9タンパク質を含むCRISPR複合体が形成される、

CRISPR-Casベクター系。

 

一般的に使用されているベクター系は基本的に含まれる構成となっているため、今後、ゲノム編集を実施する場合は、特許権の侵害に気をつける必要がでてくる。

 

対応US特許および対応EP特許と比較すると権利範囲が狭いが、本件の親出願(特願2015-547573)は、現在審査中である。

親出願のクレームは、対応US特許、対応EP特許と同様に、広いクレームとなっているため、今後は親出願の動向に注意する必要がある。

 

*追記

Broadからライセンスを受けている試薬会社

GE、Takara

EPO規則の改正

Rule 27 and 28 EPCの改正により、欧州において、生物学的に本質的な方法(Essentially biological processes )のみにより特定された動物および植物の権利化が不可となった。


http://www.epo.org/law-practice/legal-texts/official-journal/information-epo/archive/20170704.html

 

詳細は以下の通り。

 

欧州では、生物学的に本質的な方法は、特許の対象外である(Article 53(b) EPC)。

ただし、生物学的に本質的な方法により生産された動物や植物は、Article 53(b) EPCに該当しないと審決があり(EPO拡大審判部審決(2/12 2/13))、伝統的な育種方法で育種された動物および植物については、生物学的に本質的な方法により特定されたクレーム(プロダクト・バイ・プロセスクレーム)として権利化されてきた。

 

この点について、EU議会から昨年いちゃもんがつき、生物学的に本質的な方法のみにより特定された権利化は不可であることを明確にする、EPC規則の改正が行なわれ、施行された。

今後欧州では、前述のクレームでは権利化不可となる。

なお、改正後の規則の文言に基づけば、生物学的に本質的な方法以外の部分に特徴が有る方法により特定された動物および植物、ならびに、遺伝子等により特定された動物および植物については、従来通り権利化可能と考えられる。

 

生物学的に本質的な方法(Essentially biological processes )については、EPOGuidelines for Examination Part G – Patentability  "5.4.2 Essentially biological processes for the production of plants or animals "を参照のこと。

なお、本ガイドラインについても、上記規則の改正に伴い、改訂されるはず。

 

特許異議申立制度の簡易統計(その3)

さて、三度目の簡易統計であり、今回は出願人の種別です。

 

企業が、権利の成立を阻止する行為および権利を消滅させる行為をするというのは、その出願が権利化された場合、または特許権が存在する場合、その企業の事業に差し障ることを基本的に意味します。

このため、名前を権利者等に知られてしまった場合、権利者の侵害調査の開始等の対応を誘発する可能性が高く、将来的な係争の可能性をわざわざ高めてしまうこととなります。

 

この点に関し、新たな特許異議申立制度では、何人も特許異議の申立てが可ということで、制度設計上、第3者、いわゆるダミーにに代わりに申立てをしてもらうことが可能です。

したがって、上述のような事情が一般的に存在することからも、ダミーを用いた特許異議の申立てが多数となることが考えられます。

そこで、この点を確認してみました。

出願人の種別は、自然人、企業、およびその他法人(特許業務法人等)の3種類に分類。

これらの中で、ダミーに該当するのは、主に自然人およびその他法人です。

 

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予想通り、ダミーによる申立てが多く、100件の約8割を占めました。

申立人の名前を見ていると、企業さんのポリシーによるのかもしれませんが、東レさん等の一部の企業さんは、基本的に名称を出して特許異議の申立てをされていたのが興味深い。

関連する特許権に関して、既に係争事件になっており、名称の開示に問題がないのかもしれませんが…。

 

ダミーとして特許業務法人を使用する場合の留意事項ですが、出願業務を普段代理している代理人を使うのは、どこがやっているのかばれるので避けた方がよいでしょう。

また、ダミーとして、自然人を使う場合は、毎回違う人を使うのがベター。

同一分野の複数社に対し、同一人が特許異議の申立てをしている場合があり、特許権者の名寄せをすると、どこがやっているのか一目瞭然というケースも…。

 

ダミーを使うにしても、いろいろと考慮すべきことはありそうです。

特許異議申立制度の簡易統計(その2)

 前回に引き続き、特許異議申立制度の簡易統計。

 

今回は、1件あたりの申立回数について。

 

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100件の平均値は1.14回であり、基本的には、1件の特許権に対し、申立回数は1回。

複数回行われているものは、審査段階で刊行物等提出書を複数回提出されているケースが多く、おそらくは事業が特許権に抵触している、または抵触している可能性が高い会社さんが、やばいから潰しに行っているのでしょう。

特許庁の元審判官の方に聞いた話では、複数回の特許異議の申立てがある場合、重要案件との認識となるそうです。

このため、審理を慎重に進めてもらうという意味では、重要案件では、複数回の申立てを行うのも一つの方法としては考慮できるのかもしれません。

 

ちなみに5回も特許異議の申立てが行われたケースは、医薬品に関する特許権

1つの特許権の収益が少なくとも数億/年の事業分野なので、さもありなんという感じでしょう。

 

次回は、異議申立人の種別についてです。

特許異議申立制度の簡易統計(その1)

多忙で放置していたら、あっという間に2ヶ月経過…。

特許業界的には、サントリーアサヒビールに実質完全敗訴したり、Ariosaの上告申立が却下されて、アメリカのバイオ特許業界が不毛地帯になりそうならないけどなど、なかなかネタの多い二ヶ月でした。

 

本日からしばらく引っ張るネタは、事務所のセミナーに併せて、新設された特許異議申立制度の簡易統計をとったたので、そのデータと簡単な考察。

統計の対象としたのは、審判番号2015-700001~700100の100件。

特許異議申立制度の開始後の100件です。

なお、データを取得したのは7月中頃のため、現状は変わっている可能性があります。

 

100件について、どのような状況にあるのかを、決定または未決定を分類し、さらに、決定の場合、維持決定または取消決定なのかとの観点で分析したグラフが下記の通り。

 

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特許異議の申立てのうち、約4割近くは現在審理中。

また、全件審理が終わっていないとはいえ、現状、審理が終了した案件のうち取消決定はたった2件…。

他方、維持決定は全体の約6割ということで、現状は圧倒的に権利者側に有利な模様。

制度設計上、権利者側は訂正の機会が2回もあるため、申立人と比較して、権利者側が有利なことは予想されうることですが、思った以上に有利…。

特に取消理由通知なしで、全体の1/3が維持決定されていると考えると、特許を完全につぶす方法として特許異議申立てを利用を考慮する際には、証拠の収集および異議理由について、かなりしっかりとした戦略を立てる必要がありそうです。

ただし、往々にして完全につぶす必要が無いのは言うまでも無い。

 

さらに、今後、取消決定が増えうるのかについて検討するため、審理中の案件において、取消理由通知の有無を確認すると、大半は取消理由通知が通知済み。

また、取消理由通知が通知されている案件のうち、15件は2度目の取消理由通知(決定の予告)が通知済み。

このため、取消決定が占める割合もそこそこは増えそうな感じです。

 

単純な比較はできませんが、従前の特許異議申立制度における取消決定の割合はおおよそ1/3なので、審理中の案件の多くにおいて取消決定となれば、従前の特許異議申立制度における取消決定の割合と同程度となりそうです。

 

以下、申立人側として利用する際のあれこれ。

特許異議申立制度では、特許権者側は、取消決定が出ても知財高裁への出訴可。

他方、申立人側は、維持決定が出ても知財高裁への出訴不可。

このため、例えば、進歩性欠如のボーダー付近で取消を争う等の微妙な案件の場合は、特許異議申立制度を利用すべきかがかなり微妙なところ。

というのも、取消決定を出した場合、権利者側に文句を言われるが知財高裁へGo!)、維持決定を出しても、申立人には文句を言われない(無効審判をご利用ください!)

そして、知財高裁で決定が取り消され、特許庁に返ってくると、合議体には、部門内ミーティングでなぜ決定が取消されたのかについて詳細な報告を行う報告会という名のお仕置きが待っている…。

そうすると、人間心理的には、微妙なラインの場合は、無難な方に落ち着く可能性が高い…つまり、維持決定へ。

審判官も人間!

 

また、特許異議申立制度では一事不再理効が働ないため、同一証拠および同一理由で特許無効審判を請求することも可能であり、一見すると問題ないようにもみえる…。

が、同一の特許権に対する特許異議の申立てと特許無効審判とは、基本的に同じ部門で審理される。

そして、特許異議申立てを審理した審判官がその部門にまだいれば、審理の迅速化という名目の基に、基本的にその審判官が特許無効審判を担当することになため、先の決定と異なる審決がでる可能性はかなり低い…。

また、仮に合議体のメンバーが異なるとしても、同一部門の合議体が先の決定と異なる審決を出すのは…。

となると、特許異議の申立てでこけた証拠および理由をそのまま使い回して、特許無効審判でつぶすのは、実質的にはかなり難しいということに…。

 

ということで、新規性欠如および進歩性欠如等でも取消される可能性が高いと考えられるものについては、特許異議申立制度を利用し、

ボーダー付近の取消(無効)理由であり、知財高裁まで…と考えざる得ない場合には、特許異議申立制度は使わない方がいいのではないかなと、個人的には思うのでした。

仁義なき特許戦争 CRISPR-CAS9編@雑談

バイオ系の大元を押さえる特許は、それを用いたリサーチツールや医薬品等の幅広い製品をカーバする特許となるということで、すごいお金になる特許でもある。

PCR、遺伝子組み換え技術、siRNA等の特許をみても、その特許を件をライセンスしている某社のライセンス収入はかなりの額…。

このため、バイオ系ではブレークスルーがあった際に、いかに早く、広く、ビジネス展開を見据え、且つつぶされないように特許のポートフォリオを組むかは非常に重要となってくるのである。

ここがうまくできないと金にならない。

このようなブレークスルーの多くは大学の研究により起こることが多い。

が、日本の大学の知財部はお世辞にも優秀とはいえないため、これはすごいというような発明があってもそれをうまくビジネスに使えるように特許化できているケースはレアケース…。

iPS細胞関連は頑張ってほしいものである。

 

さて、そんなブレークスルー関係の特許で目下いろんな人の耳目を集めているのが、ゲノム編集のツールであるCRISPR-CAS9関連特許である。

ノーベル賞級の発見ということで、CRISPR-CAS9に関する特許も米国を始め、日本、欧州の大学、企業等から出願されている。

日本政府も尻馬に乗って参入する気満々であるが、ライセンス料を搾り取られるだけにならないことを願う。

先日お客さんから、どこが大元握りそうですかとの質問があったのにあわせて、ばらばらに持っていた情報を少し整理してみた。

 

特許制度では、同じ発明について複数人が出願した場合、一番最初に出願した人が基本的に特許をもらえる(少し前までの米国を除く)。

このため、大元の特許を握るには一番最初に出願する必要があるということで、初期の出願人を検討してみた。

大元の特許となりうる初期の出願の出願人は、今のところ3機関であり、リトアニアのVILNIUS大学、米国のカリフォルニア大学等、米国のブロード研究所等であった。

(ちなみに、VILNIUS大学は今回初めて知ったので、まだまだサブマリンしていて浮上してくる出願はあるかもしれない。)

各出願人の出願は、以下の通り。

ファミリーも見られるようにEspacenetのアドレス付き!

 

VILNIUS大学の出願

US2015045546 (A1)のファミリー出願

出願日:2013/03/20

優先日:2012/03/20

対応JP出願:特願2015-501880(審査請求済、OA未送達、情報提供有)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=2015045546A1&KC=A1&FT=D

 

カリフォルニア大学ら(+ヴィエナ大学)の出願

US2014068797 (A1)のファミリー出願

出願日:2013/03/15

優先日:2012/05/25

対応JP出願:特願2015-514015(審査請求済、OA未送達、情報提供有)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=2014068797A1&KC=A1&FT=D

 

ブロード研究所ら(+MIT、ハーバード大学)の出願

(1)US8697359 (B1)のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:特願2015-547555(未審査請求)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8697359B1&KC=B1&FT=D

 

(2)US8795965 (B2) のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:特願2015-547530(未審査請求)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8795965B2&KC=B2&FT=D

 

(3)US8865406 (B2)のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:特願2015-547545(未審査請求)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8865406B2&KC=B2&FT=D

 

(4)US8889356 (B2)のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:無

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8889356B2&KC=B2&FT=D

 

(5)US8906616 (B2) のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:特願2015-547573(未審査請求)

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8906616B2&KC=B2&FT=D

 

(6)US8993233 (B2) のファミリー出願

出願日:2013/12/12

優先日:2012/12/12

対応JP出願:無

http://worldwide.espacenet.com/publicationDetails/biblio?CC=US&NR=8993233B2&KC=B2&FT=D

 

優先日の順序のみに基づくと、VILNIUS大学が広くとれそうであるが、出願内容を見る限り、CRISPR-CAS9で遺伝子編集する技術全体をとるのは難しそうである。

ということで、VILNIUS大学がある程度の大きさの特許を押さえ、カリフォルニア大学が残りの隙間を埋め、さらに、細かい部分をブロード研究所の特許が押さえるのではなかろうかと予想している。

ま、代理人の手腕次第な部分もあるので、どう落ち着くかは現状不明であるが。

 

また、米国では、カリフォルニア大学とブロード研究所との間で争いが勃発し、ブロード研究所の多数の特許に対し、カリフォルニア大学がインターフェアレンス(発明日の先後を争う制度)を宣言し、現在USPTOで審査中。

この争いの行方はいかに!?ということころであるが、VILNIUS大学が参入したので、さらに争いが拡大しそうな雰囲気である。

 

こんな面白い仕事の対応日本出願を担当しているのは以下の事務所ということで、今後どのような戦略を組んでくるのか、特に後願を担当する代理人の戦略が非常に楽しみである。(他人事)

志賀国際はコンフリクトしてたんじゃ…?!

 

VILNIUS大学:志賀国際特許事務所→特許業務法人谷・阿部特許事務所

カリフォルニア大学:アンダーソン・毛利・友常法律事務所

ブロード研究所:志賀国際特許事務所

訂正時の発明のカテゴリー変更 その2@国内審判

前回の記事の続き。

 

訂正時の発明のカテゴリー変更@国内審判 - 論文の残滓

 

特許を訂正する場合、訂正の目的は一定の目的に限定されています(特126条1項但書各号)。

昨年の最高裁判決(最高裁第二小法廷判決平成27年 6月5日(平成24年(受)第1204号))では、PBPクレームの明確性について下記のように判示しており、不可能・非実際的要件を満たさない場合、PBPクレームは不明確と判断されます。

 

「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう『発明が明確であること』という要件に適合する といえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である」

 

このため、原則的に、PBPクレームは不明瞭な記載を有することとなり、PBPクレームから製造方法クレームへの訂正は、特126条1項但書第3号の「明瞭でない記載の釈明」を目的することとなります。

 

また、PBPクレームはその物の製造方法で物を特定しているため、その製造方法自体は願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項であり(記載されていないのであれば、そもそも記載要件の問題がある)、同条5項に規定されている要件を満たすこととなります。

 

そうすると、PBPクレームから製造方法クレームへの発明のカテゴリー変更を伴った訂正を行うに当たって、一番の問題となるのは、

「特許の請求の範囲の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならない(同条第6項)」

との要件を満たすかということなります。

 

審決(訂正2016-390005)では、この点について、

(1)訂正により発明の技術的意義が実質的に拡張又は変更されたか否か

(2)訂正による第三者の不測の不利益の有無

の2つの観点から判断しています。

 

具体的に、審決では、前記(1)について、

『 特許法第126条第6項は、第1項に規定する訂正がいかなる場合にも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならない旨を規定したものである。

 また、特許法第36条第4項第1号の規定により委任された特許法施行規則の第24条の2には、「特許法第36条第4項第1号の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されているから、訂正前請求項1発明と訂正後請求項1発明において、発明が解決しようとする課題及びその解決手段が、実質的に変更されたものか否かにより、訂正後請求項1発明の技術的意義が、訂正前請求項1発明の技術的意義を実質上拡張し、又は変更されたものであるか否かについて検討する。』

と発明の課題および解決手段の実質的な変更が生じたかを、(1)の指標にするとの前置きをした上で、訂正前のPBPクレーム及び訂正後の製造方法クレームの課題並びに解決手段に実質的な変更がないことに基づき、技術的意義に変更はないと判断しています。

 

また、審決では、(2)ついて、

『 特許請求の範囲は、「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」が記載されたもの(特許法第36条第5項)である。

 また、特許法第126条第6項は、第1項に規定する訂正がいかなる場合にも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならない旨を規定したものであって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないとされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなる、言い換えれば、訂正前の発明の「実施」に該当しないとされた行為が訂正後の発明の「実施」に該当する行為となる場合、第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため、そうした事態が生じないことを担保したものである。

 以上を踏まえ、訂正前請求項1発明と訂正後請求項1発明において、それぞれの発明の「実施」に該当する行為の異同により、訂正後請求項1発明の「実施」に該当する行為が、訂正前請求項1発明の「実施」に該当する行為を実質上拡張し、又は変更するものであるか否かについて検討する。』

とカテゴリーの変更に伴う発明の実施の範囲の変更により、従来含まれていなかった発明の実施を含むか否かを、(2)の指標にするとの前置きをした上で、訂正後の製造方法クレームの実施行為は、全て訂正前のPBPクレームの実施行為に含まれるため、発明の実施について、拡張又は変更するものではないと判断しています。

 

以下、簡単なコメント。

PBPクレームから製造方法クレームへの変更は、審判便覧38−03の実質的な拡張等の例示には引っかからず、また、権利範囲の拡張等を伴わないため、特許庁がどのように判断するかは注目していました。

今回特許庁が示した拡張又は変更の判断の基準の内、前記(1)は、発明の同一性を評価基準とし、その中でも作用効果の同一性を基準とする判例(昭53(行ケ)131号、平18(行ケ)10125号)と類似した判断となります。

他方、前記(2)は、特許庁が新たに示した判断基準であり、今後、裁判等で争われた際に裁判所がどのような判断するかは気になるところです。