論文の残滓

特許実務に関するあれこれ。

オーストラリアにおける特許権の延長登録

日本においては第二医薬用途のクレームは、例えば以下のようになる。


【請求項1】(JP第二医薬用途)

化合物Xを含む、疾患A用医薬組成物。


国によっては第二医薬用途の記載形式として、下記のswiss type claimで記載する。

ただし、swiss type claimは、使用クレームのため、方法クレームであるという問題がある。


【請求項1】(EP等の第二医薬用途)

疾患Aを治療するための医薬の製造のための化合物Xの使用。


オーストラリアも第二医薬用途のクレームとして、swiss type claimが使用できたところ、このクレーム形式で、特許権の延長登録が認められるかが問題となった。

争点は、方法クレームであるswiss type claimについて、延長登録が認められるかどうか。

AUの裁判所は、swiss type claimは方法クレームであり、医薬品が含む物質を権利範囲に含まないため、延長登録は認められないと判断した。


http://www.judgments.fedcourt.gov.au/judgments/Judgments/fca/full/2017/2017fcafc0129


swiss type claimは使えない子になりつつあり、基本的に避けないといけない時代に。

プラクティスの変化があるかもしれないので、明細書に書いといて、クレームアップできるようにしておけば十分ですな。

CRISPR-Cas9特許の日米欧比較

日本でBroad研究所の特許が成立しそうなので、米欧でのファミリー特許と比較してみた。

 

各国の特許のメインクレームは末尾のとおり。

大きな違いは、日本国特許は、CRISPR-Casベクター系に関する発明であるのに対し、米国および欧州特許は、非天然または人工の組成物に関する発明である点。

その他、欧州特許は、Cas9をコードするポリヌクレオチドは不要(chiRNAのみも可)である点、

米国特許は、①ターゲットにハイブリダイズするガイド配列の長さの限定なし、②tracrRNA配列の長さの限定なし、③Cas9をコードするポリヌクレオチドが不要(chiRNAのみも可)および④ガイド鎖、tracr配列、またはtracr mate配列に修飾要(101条対策?)である点で、日本国特許と異なる。

いずれにせよ、成立した日本国特許は、米国および欧州特許と比較するとかなり狭いクレームとなっている。

なお、日本国特許の親出願は、米国および欧州特許と同様の広いクレームで審査に継続しているので、こちらの動向が今後は気になる。

 

日本国特許(予定、特願2016-025710)

【請求項1】

 クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって、

I. CRISPR-Cas系キメラRNA(chiRNA)ポリヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって、

 前記ポリヌクレオチド配列が、

(a)真核細胞中の標的配列にハイブリダイズする、10~30ヌクレオチドの長さを有するガイド配列、

(b)トランス活性化CRISPR RNA(tracr)メイト配列、及び

(c)tracrRNA配列

を含み、

 (a)、(b)及び(c)が、5’から3’配向で配置されており、

 前記tracrRNA配列が、50以上のヌクレオチドの長さを有する、

第1の調節エレメントと、

II. 真核細胞の核中の検出可能な量のII型Cas9タンパク質の蓄積をドライブするために十分な強度の、1つ以上の核局在化配列を含む前記Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントとを含む1つ以上のベクターを含み;

 成分I及びIIは、前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し;

 前記ヌクレオチド配列が転写されると:

  前記chiRNAは、前記II型Cas9タンパク質へと集合し、前記II型Cas9タンパク質と複合体を形成し、

  前記tracrメイト配列は、前記tracrRNA配列にハイブリダイズし、

  前記ガイド配列は、前記真核細胞中の前記標的配列への配列特異的結合を指向し、

  それによって、(1)前記真核細胞中の前記標的配列にハイブリダイズされる前記ガイド配列、及び(2)前記tracrRNA配列にハイブリダイズされる前記tracrメイト配列と複合体形成している前記II型Cas9タンパク質を含むCRISPR複合体が形成される、

CRISPR-Casベクター系。

 

米国特許(US8906616)

  1. An engineered, non-naturally occurring composition comprising a Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats (CRISPR)-CRISPR associated (Cas) (CRISPR-Cas) system having a guide RNA polynucleotide sequence, wherein the polynucleotide sequence comprises

              (a) a guide sequence capable of hybridizing to a target sequence in a eukaryotic cell,

              (b) a tracr mate sequence, and

              (c) a tracr sequence

              wherein (a), (b) and (c) are arranged in a 5′ to 3′ orientation,

              wherein when transcribed, the tracr mate sequence hybridizes to the tracr sequence  

           and the guide sequence directs sequence-specific binding of a CRISPR complex to the

           target sequence,

              wherein the to CRISPR complex comprises a Type II Cas9 protein complexed with (1)

           the guide sequence that is hybridized to the target sequence, and (2) the tracr mate

      sequence that is hybridized to the tracr sequence,

              wherein in the polynucleotide sequence, one or more of the guide, tracr and tracr

     mate sequences are modified.

 

欧州特許

  1. A non-naturally occurring or engineered composition comprising:

a Clustered Regularly Interspersed Short Palindromic Repeats (CRISPR)-CRISPR associated (Cas) (CRISPR-Cas) system chimeric RNA (chiRNA) polynucleotide sequence, wherein the polynucleotide sequence comprises

              (a) a guide sequence of between 10-30 nucleotides in length, capable of hybridizing to

    a target sequence in a eukaryotic cell,

              (b) a tracr mate sequence, and

              (c) a tracrRNA sequence

              wherein (a), (b) and (c) are arranged in a 5' to 3' orientation,

              wherein when transcribed, the tracr mate sequence hybridizes to the tracrRNA

              sequence and the guide sequence directs sequence-specific binding of a CRISPR

              complex to the target sequence,

              wherein the CRISPR complex comprises a Type II Cas9 protein complexed with (1)

              the guide sequence that is hybridized to the target sequence, and (2) the tracr mate

             sequence that is hybridized to the tracrRNA sequence,

              wherein the tracrRNA sequence is 50 or more nucleotides in length.

ゲノム編集特許、ついに日本でも成立(予定)

7月31日付でBroad研究所らのCRISPR-Cas9システムに関する特許出願(特願2016-025710)に対して、特許査定が送達された。

8月18日現在、設定登録料は納付されていないが、おそらく9月頃には特許権の設定登録が行われるであろう。

特許査定時(出願当初と同じ)の請求項1は以下のとおり。

 

【請求項1】

 クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって、

I. CRISPR-Cas系キメラRNA(chiRNA)ポリヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって、

 前記ポリヌクレオチド配列が、

(a)真核細胞中の標的配列にハイブリダイズする、10~30ヌクレオチドの長さを有するガイド配列、

(b)トランス活性化CRISPR RNA(tracr)メイト配列、及び

(c)tracrRNA配列

を含み、

 (a)、(b)及び(c)が、5’から3’配向で配置されており、

 前記tracrRNA配列が、50以上のヌクレオチドの長さを有する、

第1の調節エレメントと、

II. 真核細胞の核中の検出可能な量のII型Cas9タンパク質の蓄積をドライブするために十分な強度の、1つ以上の核局在化配列を含む前記Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントとを含む1つ以上のベクターを含み;

 成分I及びIIは、前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し;

 前記ヌクレオチド配列が転写されると:

  前記chiRNAは、前記II型Cas9タンパク質へと集合し、前記II型Cas9タンパク質と複合体を形成し、

  前記tracrメイト配列は、前記tracrRNA配列にハイブリダイズし、

  前記ガイド配列は、前記真核細胞中の前記標的配列への配列特異的結合を指向し、

  それによって、(1)前記真核細胞中の前記標的配列にハイブリダイズされる前記ガイド配列、及び(2)前記tracrRNA配列にハイブリダイズされる前記tracrメイト配列と複合体形成している前記II型Cas9タンパク質を含むCRISPR複合体が形成される、

CRISPR-Casベクター系。

 

一般的に使用されているベクター系は基本的に含まれる構成となっているため、今後、ゲノム編集を実施する場合は、特許権の侵害に気をつける必要がでてくる。

 

対応US特許および対応EP特許と比較すると権利範囲が狭いが、本件の親出願(特願2015-547573)は、現在審査中である。

親出願のクレームは、対応US特許、対応EP特許と同様に、広いクレームとなっているため、今後は親出願の動向に注意する必要がある。

 

*追記

Broadからライセンスを受けている試薬会社

GE、Takara

EPO規則の改正

Rule 27 and 28 EPCの改正により、欧州において、生物学的に本質的な方法(Essentially biological processes )のみにより特定された動物および植物の権利化が不可となった。


http://www.epo.org/law-practice/legal-texts/official-journal/information-epo/archive/20170704.html

 

詳細は以下の通り。

 

欧州では、生物学的に本質的な方法は、特許の対象外である(Article 53(b) EPC)。

ただし、生物学的に本質的な方法により生産された動物や植物は、Article 53(b) EPCに該当しないと審決があり(EPO拡大審判部審決(2/12 2/13))、伝統的な育種方法で育種された動物および植物については、生物学的に本質的な方法により特定されたクレーム(プロダクト・バイ・プロセスクレーム)として権利化されてきた。

 

この点について、EU議会から昨年いちゃもんがつき、生物学的に本質的な方法のみにより特定された権利化は不可であることを明確にする、EPC規則の改正が行なわれ、施行された。

今後欧州では、前述のクレームでは権利化不可となる。

なお、改正後の規則の文言に基づけば、生物学的に本質的な方法以外の部分に特徴が有る方法により特定された動物および植物、ならびに、遺伝子等により特定された動物および植物については、従来通り権利化可能と考えられる。

 

生物学的に本質的な方法(Essentially biological processes )については、EPOGuidelines for Examination Part G – Patentability  "5.4.2 Essentially biological processes for the production of plants or animals "を参照のこと。

なお、本ガイドラインについても、上記規則の改正に伴い、改訂されるはず。

 

特許異議申立制度の簡易統計(その3)

さて、三度目の簡易統計であり、今回は出願人の種別です。

 

企業が、権利の成立を阻止する行為および権利を消滅させる行為をするというのは、その出願が権利化された場合、または特許権が存在する場合、その企業の事業に差し障ることを基本的に意味します。

このため、名前を権利者等に知られてしまった場合、権利者の侵害調査の開始等の対応を誘発する可能性が高く、将来的な係争の可能性をわざわざ高めてしまうこととなります。

 

この点に関し、新たな特許異議申立制度では、何人も特許異議の申立てが可ということで、制度設計上、第3者、いわゆるダミーにに代わりに申立てをしてもらうことが可能です。

したがって、上述のような事情が一般的に存在することからも、ダミーを用いた特許異議の申立てが多数となることが考えられます。

そこで、この点を確認してみました。

出願人の種別は、自然人、企業、およびその他法人(特許業務法人等)の3種類に分類。

これらの中で、ダミーに該当するのは、主に自然人およびその他法人です。

 

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予想通り、ダミーによる申立てが多く、100件の約8割を占めました。

申立人の名前を見ていると、企業さんのポリシーによるのかもしれませんが、東レさん等の一部の企業さんは、基本的に名称を出して特許異議の申立てをされていたのが興味深い。

関連する特許権に関して、既に係争事件になっており、名称の開示に問題がないのかもしれませんが…。

 

ダミーとして特許業務法人を使用する場合の留意事項ですが、出願業務を普段代理している代理人を使うのは、どこがやっているのかばれるので避けた方がよいでしょう。

また、ダミーとして、自然人を使う場合は、毎回違う人を使うのがベター。

同一分野の複数社に対し、同一人が特許異議の申立てをしている場合があり、特許権者の名寄せをすると、どこがやっているのか一目瞭然というケースも…。

 

ダミーを使うにしても、いろいろと考慮すべきことはありそうです。

特許異議申立制度の簡易統計(その2)

 前回に引き続き、特許異議申立制度の簡易統計。

 

今回は、1件あたりの申立回数について。

 

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100件の平均値は1.14回であり、基本的には、1件の特許権に対し、申立回数は1回。

複数回行われているものは、審査段階で刊行物等提出書を複数回提出されているケースが多く、おそらくは事業が特許権に抵触している、または抵触している可能性が高い会社さんが、やばいから潰しに行っているのでしょう。

特許庁の元審判官の方に聞いた話では、複数回の特許異議の申立てがある場合、重要案件との認識となるそうです。

このため、審理を慎重に進めてもらうという意味では、重要案件では、複数回の申立てを行うのも一つの方法としては考慮できるのかもしれません。

 

ちなみに5回も特許異議の申立てが行われたケースは、医薬品に関する特許権

1つの特許権の収益が少なくとも数億/年の事業分野なので、さもありなんという感じでしょう。

 

次回は、異議申立人の種別についてです。

特許異議申立制度の簡易統計(その1)

多忙で放置していたら、あっという間に2ヶ月経過…。

特許業界的には、サントリーアサヒビールに実質完全敗訴したり、Ariosaの上告申立が却下されて、アメリカのバイオ特許業界が不毛地帯になりそうならないけどなど、なかなかネタの多い二ヶ月でした。

 

本日からしばらく引っ張るネタは、事務所のセミナーに併せて、新設された特許異議申立制度の簡易統計をとったたので、そのデータと簡単な考察。

統計の対象としたのは、審判番号2015-700001~700100の100件。

特許異議申立制度の開始後の100件です。

なお、データを取得したのは7月中頃のため、現状は変わっている可能性があります。

 

100件について、どのような状況にあるのかを、決定または未決定を分類し、さらに、決定の場合、維持決定または取消決定なのかとの観点で分析したグラフが下記の通り。

 

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特許異議の申立てのうち、約4割近くは現在審理中。

また、全件審理が終わっていないとはいえ、現状、審理が終了した案件のうち取消決定はたった2件…。

他方、維持決定は全体の約6割ということで、現状は圧倒的に権利者側に有利な模様。

制度設計上、権利者側は訂正の機会が2回もあるため、申立人と比較して、権利者側が有利なことは予想されうることですが、思った以上に有利…。

特に取消理由通知なしで、全体の1/3が維持決定されていると考えると、特許を完全につぶす方法として特許異議申立てを利用を考慮する際には、証拠の収集および異議理由について、かなりしっかりとした戦略を立てる必要がありそうです。

ただし、往々にして完全につぶす必要が無いのは言うまでも無い。

 

さらに、今後、取消決定が増えうるのかについて検討するため、審理中の案件において、取消理由通知の有無を確認すると、大半は取消理由通知が通知済み。

また、取消理由通知が通知されている案件のうち、15件は2度目の取消理由通知(決定の予告)が通知済み。

このため、取消決定が占める割合もそこそこは増えそうな感じです。

 

単純な比較はできませんが、従前の特許異議申立制度における取消決定の割合はおおよそ1/3なので、審理中の案件の多くにおいて取消決定となれば、従前の特許異議申立制度における取消決定の割合と同程度となりそうです。

 

以下、申立人側として利用する際のあれこれ。

特許異議申立制度では、特許権者側は、取消決定が出ても知財高裁への出訴可。

他方、申立人側は、維持決定が出ても知財高裁への出訴不可。

このため、例えば、進歩性欠如のボーダー付近で取消を争う等の微妙な案件の場合は、特許異議申立制度を利用すべきかがかなり微妙なところ。

というのも、取消決定を出した場合、権利者側に文句を言われるが知財高裁へGo!)、維持決定を出しても、申立人には文句を言われない(無効審判をご利用ください!)

そして、知財高裁で決定が取り消され、特許庁に返ってくると、合議体には、部門内ミーティングでなぜ決定が取消されたのかについて詳細な報告を行う報告会という名のお仕置きが待っている…。

そうすると、人間心理的には、微妙なラインの場合は、無難な方に落ち着く可能性が高い…つまり、維持決定へ。

審判官も人間!

 

また、特許異議申立制度では一事不再理効が働ないため、同一証拠および同一理由で特許無効審判を請求することも可能であり、一見すると問題ないようにもみえる…。

が、同一の特許権に対する特許異議の申立てと特許無効審判とは、基本的に同じ部門で審理される。

そして、特許異議申立てを審理した審判官がその部門にまだいれば、審理の迅速化という名目の基に、基本的にその審判官が特許無効審判を担当することになため、先の決定と異なる審決がでる可能性はかなり低い…。

また、仮に合議体のメンバーが異なるとしても、同一部門の合議体が先の決定と異なる審決を出すのは…。

となると、特許異議の申立てでこけた証拠および理由をそのまま使い回して、特許無効審判でつぶすのは、実質的にはかなり難しいということに…。

 

ということで、新規性欠如および進歩性欠如等でも取消される可能性が高いと考えられるものについては、特許異議申立制度を利用し、

ボーダー付近の取消(無効)理由であり、知財高裁まで…と考えざる得ない場合には、特許異議申立制度は使わない方がいいのではないかなと、個人的には思うのでした。