論文の残滓

特許実務に関するあれこれ。

主役は遅れてやってくる?(Vilinus大学のCRISPR-Cas9システムのJP特許成立)

Broad v UCBの主導権争いに関しては、半分(sgRNA)について大まかに情勢が固まり、後は残り半分(二本鎖)の主導権を誰が握るのかが焦点となります。

二本鎖型の特許を取得する上での問題点は、古細菌に同様のシステムがあるため、文言で差別化してくのが難しい点です。この点、Broadは、USにおいて上手く特許を取得した形になります。

 

さて、基本特許の取得において、BroadとUCBとが熾烈な争いを行っており影が薄いですが、Vilinus大学が二本鎖型と関連するCRISPR-Cas9システムに関する最先の出願を行っており、今のところ特許戦略がしょぼくて微妙な状況ですが、二本鎖型についてはダークホース的な存在です。

最先の出願人がダークホースという点がおかしいという点はおいておく。

 

そんな、VilinusのJPの特許出願(特願2015-501880)について9月18日付けで特許査定が送達され、ついに成立しそうです。

VilinusのJP特許の主なクレームは、

・in vitroにおいて標的DNA分子を部位特異的に修飾するための方法(請求項1)

・プログラム可能なCas9-crRNA複合体(請求項15)

から構成されます。

 

さて、もう少し詳しく見ていきましょう。まずは、方法の発明。

 

【請求項1】

in vitroにおいて標的DNA分子を部位特異的に修飾するための方法であって、

in vitroでCas9タンパク質、crRNAおよびtracrRNAを組み合わせること、および、

標的DNA分子を、前記Cas9タンパク質、前記crRNAおよび前記tracrRNAから形成された設計されたCas9-crRNA複合体と接触させることを含み、

crRNAが、Cas9-crRNA複合体を標的DNA分子中の前記部位を含む領域に誘導するように設計される、方法。

 

請求項1の方法は、in vitroでCas9タンパク質、crRNAおよびtracrRNAの複合体を形成させ、これをターゲットの配列を含む核酸分子と接触させ、ターゲットを修飾する方法となります。

請求項1における「in vitro」の解釈ですが、2018年4月24日付けの拒絶理由通知に対する応答を考慮すると、文字通り試験管内での利用となり、細胞内(in vivo)での利用は含みませんし、当然に、ex vivoも含みません。

また、「修飾」に関して明細書に明確な定義はありませんが、明細書全文から解釈すると二本鎖の分解ないしニックの導入と解釈できます。

したがって、方法クレームは、無細胞系において、二本鎖型のCRISPR-Cas9複合体を形成し、得られた複合体を引き続き無細胞系においてターゲットの配列を含む核酸分子と接触させ、ターゲットの配列において、二本鎖の切断ないしニックの導入を行う方法と解釈できます。

あれ、使えない特許…

 

つぎに物の発明。

 

【請求項15】

プログラム可能なCas9-crRNA複合体であって、以下:

Cas9タンパク質、

3’および5’領域を含む合成されたcrRNAポリヌクレオチドであって、3’領域がCRISPR 遺伝子座中に存在するリピート配列を含み、5’領域がCRISPR遺伝子座中のリピートの下 流の設計されたスペーサー配列の少なくとも20ヌクレオチドを含むcrRNAポリヌクレオチド、および

5’および3’領域を含む合成されたtracrRNAポリヌクレオチドを含み、

ここで、プログラム可能なCas9-crRNA複合体はin vitroで組み立てられ、かつ、    前記スペーサー配列は、Cas9-crRNA複合体がプロトスペーサー隣接モチーフ配列を有する標的DNA分子を指向するように設計されている、Cas9-crRNA複合体。

 

請求項1と基本的には同様に解釈できますが、組み立てがin vitroで行われればよく、その後の使用環境は特に制限されていません。

このため、in vitroで形成されたCRISPR-Cas9複合体を細胞内(in vivo)等で使用する場合は、請求項15に引っかかることとなります。この点が、方法のクレームとは異なってきます。

具体例として、組成物の成分として複合体を予め作製しておき、これを、リポフェクション、エレクトロポレーション等で細胞等に導入する場合があげられます。

試薬販売業者等の製造者がコンポーネントをばらして準備して販売したとしても、mixtureにした段階で一部は複合体が形成されます。このため、CRISPR-Cas9システムの使用者にとってはやっかいになりそうです。

ただし、ベクターコンポーネントをのっけて細胞に導入すれば回避できるため、回避は容易です。

したがって、何らかの事情があって、複合体を形成後に導入しないといけない場合をのぞき、あまり影響はないと考えられます。

(プログラム可能という記載の意味が分かりにくいですが、明細書全体から解釈すると、要はターゲットに併せて設計を変更可能なという意味合いになります。)

 

ということで、今回のVilinusの特許は、二本鎖型のCRISPR-Cas9システムの特許としてはあまり気にするほどのものではなさそうです。