論文の残滓

特許実務に関するあれこれ。

振り回される植物特許@欧州

植物に関する知的財産権としては、主に育成者権または特許権が存在する。

ただし、育成者権に関連するUPOV条約では、かつて育成者権および特許権による植物新品種の二重保護を認めていなかったため、その名残で、特許権による植物品種の保護を現在も認めていない国が多数存在する。

 

欧州も特許権による植物新品種の保護を認めておらず、Article 53 (b) EPCでは「植物品種」を特許の対象外として規定している。ただし、「植物品種」は植物の現物を意味するため、植物の概念(ex. 変異遺伝子を有する植物)は、特許の対象となっており、GM植物に関する特許権は多数成立していた。

また、Article 53 (b) EPCでは、植物品種以外に、本質的に生物学的な方法(伝統的な交雑・選抜による育種方法)等も特許の対象外として規定している。

 

食用植物のマーケットにおいて、GM植物が受け入れられているマーケットは米国等の少数の国であり、植物の新品種の開発は、依然として交雑および所望の形質の植物を選抜するという伝統的な育種方法を用いて行われている。

また、動物と比較して植物の遺伝子解析の難易度が高いこともあり、所望の形質を有する植物を新たに作出したとしても、形質に関連する遺伝子により所望の植物を特定することは難しいという問題があった(現在は状況がかなり変わっている)

このため、欧州において植物新品種を保護する特許を取得しようとする場合、その製造方法、すなわち、伝統的な育種方法により特定するクレーム(いわゆる、プロダクト・バイ・プロセスクレーム(PBPクレーム))により植物を特定することが実務上行われてきていた。

ただし、PBPクレームの場合、上記のように交雑および選抜工程を含む方法により植物を特定するため、クレームの文言上、本質的に生物学的な方法を含むという問題があった。

この点については、トマト事件およびブロッコリー事件において争われ、法令解釈上、PBPクレームは、Article 53 (b) EPCの本質的に生物学的な方法に該当しないと判断されている(G2/13、G2/12)。

この結果、伝統的な育種方法により作出された植物新品種をPBPクレームにより権利化するという実務が定着した。

 

この点に関して、上記審決後に農家団体がロビー活動を活発化させ、結果としてRule 28 (2) EPCの規則改正が昨年行われた。

この結果、PBPクレームによる権利の道をが閉ざされたことについては、下記のエントリーの通りである。

 

nannosono.hatenablog.com

 

困ったのが、伝統的な育種方法により作出した植物の保護ができなくなった種苗メーカーである。特に大手種苗メーカーであるモンサント社およびシンジェンタ社は、多数の出願を行っており、Rule 28(2) EPCが問題となった複数の出願において、この点を争点化していた。

争点としては、新たに制定されたRule 28(2) EPCは、Article 53 (b)に抵触するのではないかという点、すなわち、新たな規則が法令に矛盾するのでは中という点である。

多数(?)の関係者が経緯を注視している中で、この点に関する審判部の判断がシンジェンタ社の特許出願に関する昨年12月の口頭審理において明らかとなった(EP2753168、T1063/18)。

結論としては、新たなRule 28(2) EPCがArticle 53 (b)と矛盾するという判断が下され、シンジェンタ社の主張が認められた。

 

さて、今後であるが、法令は規則の上位にあり、優先されるため、新たに制定されたRule 28(2) EPCは無効化されることなる。

この結果、PBPクレームによる植物の権利化については、一時的にRule 28(2) EPC改正前の状況に戻ることになる、すなわち、PBPクレームによる植物の権利化が認められることとなる。

ただし、EPOの審査官によれば、今回の審判部の判断を受け、新たなRule 28(2) EPCが制定されるまではPBPクレーム対する判断基準が確立していないため、審査はストップする予定とのことである。

ということで、欧州における植物特許の実務については、トマト事件およびブロッコリー事件の審決後の状況に戻りそうな情勢であるが、しばらくは状況を注視する必要がありそうである。(まさかの欧州特許条約の改正とかやめてほしいわ…)